東京高等裁判所 昭和38年(ネ)678号 判決
証人本田四郎の証言と被控訴人本人尋問の結果(ともに原審分および当審第一回分)とによると、かつて県購連に参事として勤務していた被控訴人は、県購連のための衣料購入という用務を帯びて昭和二三年一一月中から京都市に滞在し、同市左京区下鴨上川原町二一番地川島弁三郎方を連絡先としていたが、衣料買付資金が必要になつたので、県購連にその資金の電信送金方を求めたところ、県購連はこれを承諾して同年一二月一六日岩手殖産に対し、金一三〇万円を受取人前記川島方被控訴人と指定して電信により送金されたいと委託したことが認められ、岩手殖産は右一二月一六日、同銀行と電信為替取引契約のある控訴人銀行京都支店に対し、右電信為替取引契約にもとづき、右一三〇万円を受取人前記川島方被控訴人と指定してその支払いを委託したことは、当事者間に争いがない。
そして、真正にできたことに争いのない乙第一ないし第四号証と当審証人伊達良治の証言と弁論の全趣旨とを合せ考えると、昭和二三年一二月当時岩手殖産と控訴人銀行との間に存続していた電信為替取引契約には、契約条項として、為替取引にもとづく相互間の貸借の決済は日本銀行の内国為替集中決済によること、電信送金為替の取組は照合電報で相互に定めた暗号により被仕向銀行に通知すること、被仕向銀行においては右暗号による取組通知に符合する電報送達紙を呈示した者を本人とみなし支払いをすること、電信送金為替受取人に対し被仕向銀行が保証人を立てることを請求した場合に相当な保証人がないときは被仕向銀行においては支払いを拒絶することがあること、個々の電信為替取引は契約銀行または取引店一方の都合により何時でも通知をするだけで中止することができること、電信為替取引契約そのものも契約当時銀行の一方の都合により何時でも通知をするだけで解約することができることなどが盛られていたこと(当時、電信為替取引契約書の内容は定型化し、電信為替取引契約を結ぶ銀行は、いずれも同じ条項の契約書を採用していたこと)が認められ、真正にできたことに争いのない乙第五号証と当審証人伊達良治の証言と弁論の全趣旨とを合せ考えると、県購連は、この岩手殖産が締結している電信為替取引契約に準拠し、これを利用して本件一三〇万円の電信送金を依頼したものと認めることができる。
(中略)もつとも当審証人小原勝郎の証言の中には、県購連は右一三〇万円が早急にかつ確実に着くようにと岩手殖産に電話連絡したとか、岩手殖産ではまちがいなく受取人に渡りますといつていたとか、県購連の係員であつた小原勝郎は受取人である被控訴人が銀行から直接金を受取る権利を得るもののように考え、そのつもりで岩手殖産に電信送金を依頼したとかいうことが出てくるが、右のさいごの証言は小原の意見にすぎず、その他のものも、これによつて、県購連が、岩手殖産が結んだ電信為替取引契約に準拠する以外の特殊の仕方で本件一三〇万円を電信送金することを岩手殖産に依頼したとまで認めることはできない。
二、電信送金契約は第三者のためにする契約であるか。
被控訴人は、岩手殖産と控訴人との間の本件電信送金一三〇万円の支払委託の契約は第三者(被控訴人)のためにする約旨を含むという。
(一) 電信送金の交付方を委託する仕向銀行と被仕向銀行との間の契約は、第三者のためにする約旨を含むようにも、単なる委任契約にとどまるようにも合意することができる。理論上そのどちらでなければならないというものではない。
(二) この点に関して岩手殖産(仕向銀行)と控訴人銀行との間で約定した事項はさきに認めたとおりであり、前記乙第一ないし第四号証によると、両者間の契約には、ほかに、電信送金支払委託契約が第三者のためにする約旨を含むか、あるいは単なる委任契約にとどまるかを決するにつき関係ありと思われるような条項はないことが認められる。
前記条項をみても、契約の性格をあらわすための「第三者のためにする契約」とか「委任契約」とかいう文言は出ていないし、そのいずれであるかを決するに足りる趣旨もはつきりは出ていない。さきにあげた「被仕向銀行においては暗号による取組通知に符合する電報送達紙を呈示した者を本人とみなし支払いをする」「電信送金受取人に対し被仕向銀行が保証人を立てることを請求した場合に相当な保証人がないときは被仕向銀行においては支払いを拒絶することができる」という契約条項も、岩手殖産と控訴人銀行との間の契約を第三者のためにする約旨を含むものとみる場合に、必ずしもこれと矛盾するものとは思われない(このような行使上の制限のついた権利を受取人が、取得することがあつてもかまわない)から、これらの条項の存在をもつて契約の性格を決するきめ手とすることはできない。
結局、契約条項の表面にあらわれたところだけから右契約の性格を決することは困難である。しかし、一般的な言い方をすると、契約当事者が第三者に権利を取得させる(契約当事者が第三者に義務を負担する)とするには、特にそのことを明らかにしなければならないのではないか。
(三) 電信送金の制度が迅速に、かつ確実に受取人に送金を入手させることを目的とするものであることはいうまでもない。したがつて、送金を依頼する者の立場だけからいえば、受取人が被仕向銀行に対し送金の支払いを求めることができる権利を取得するとした方が、右の制度の目的に合いそうにみえる。しかし、電信送金が銀行を利用して行われる以上、銀行の都合、銀行取引の実状も考えてみる必要がある。そして、第三者のためにする契約説をとると、受取人が被仕向銀行によつて定められるものでない関係上、被仕向銀行は、とかく危険の伴いがちな支払関係をめぐつて未知の第三者である受取人との間の権利義務関係にはいり込むことを余儀なくされることになることなどをも考えにいれて決しなければならない。被仕向銀行は、いずれにしても、仕向銀行に対する契約上の義務の履処として受取人とされる者に送金額を交付しなければならないのであるから、右契約を第三者のためにする契約としなくても、送金を迅速に、かつ確実に受取人に入手させるという電信送金制度の目的は、ほとんどの場合、達成されるのではないか。
(四) 大正一一年九月二九日に「銀行業者が電報送金の委託を受け、その金員を受取り、自己の本店又は支店の手を経て、第三者なる受取人に金員交付の手続を為す場合における銀行業者と送金委託者との間の契約は第三者のためにする契約ということを得ず」という趣旨の大審院判決(大審院大正一一年(オ)第三一三号、民集一巻五五七頁)の言渡しがあつたこと、その当時すでに右の契約は第三者のためにする契約とみるべきであるか、あるいは単なる委任契約とみるべきであるかが争われていたことは顕著な事実である。この判例は、銀行業者が電信送金の委託を受け、これを自己の本店または支店の手を経て第三者である受取人に交付手続をする場合に関するものであり、銀行業者が電信送金の委託を受け、これを自己と取引関係ある他の銀行をして第三者である受取人に交付手続をさせるという本件のような場合に関するものではないが、前者の場合における銀行業者と送金受託者との間の契約と後者の場合における仕向銀行との間の契約とは、それが第三者のためにする契約にあたるかという点では同じにみてよいとするのが相当である。この大審院判例は、電信送金に関する契約の衝にあたる銀行業者に事務処理上の重要な指針となつたであろうと察せられる。それは最上級の裁判所の判例の機能という点からいつて当然のことである。すなわち、電信送金制度の運用にあたる銀行としては、右大審院判決の言渡しがあつて以来、送金依頼人と仕向銀行との間の契約も、仕向銀行と被仕向銀行との間の契約も、第三者のためにする契約にあたらないとして電信送金に関係する個々の事務の処理にあたつてきたものと察することができる。つぎにあげる当審証人伊達良治の証言によつてもそのことはわかる。このことは右契約の性格を決するにあたつて軽視することができないことである。
(五) 当審証人伊達良治の証言によると、全国銀行協会連合会は銀行業務の機能を高め、一般経済の発展に資することなどを目的に昭和二〇年九月設立されたものであり、銀行業務の合理化改善を図ることにつとめ、銀行業務に関する法律問題の検討なども行つているのであるが、各銀行間の電信為替取引契約に前記条項があることにより、右基本契約に従つて行われる仕向銀行と被仕向銀行との間の個々の電信為替取引は第三者のためにする契約の約旨を含むものではなく、単なる委任契約にとどまると解する方が自然であると考えて種々の業務にあたつており、各銀行も、そのような基本的な考えのもとに、個々の電信送金に関係ある事項を処理してきた(例えば、(イ)受取人から送金の支払請求があつても、被仕向銀行は、仕向銀行からの取組通知の電報が到達するまでは支払に応じないのみならず、仕向銀行が、送金依頼人の申出により送金組戻し手続として被仕向銀行に支払委託取消請求をすると、被仕向銀行としては送金支払前である限り、必ず取消しに応じており、(ロ)受取人が電報送達紙を紛失した場合には、被仕向銀行は、送金依頼人にも一度電報を打つてもらうか、仕向銀行に頼んで送金委託を取消し、その上でも一度送金の取組をしなおしてもらうということなどをやつていた)ことが認められる。
以上(一)から(五)までに説明したところと、岩手殖産と控訴人銀行との間の基本電信為替取引契約における前記各条項は右基本契約を第三者のためにする契約の約旨を含むとみるよりも、それを含まない単なる委任契約とみる方がより自然に理解することができることとを合せ考えると、岩手殖産と控訴人銀行との間の本件電信送金支払委託の契約は第三者である被控訴人に直接控訴人に対する権利を取得させるものではなく、単に控訴人が本件電信送金を受取人に交付する義務を岩手殖産に対して負う契約であるとみるのが相当である。
このようにみるのは、受取人ひいて送金依頼人に不利な見方であるという意見も出よう。迅速確実に送金を受取人に入手させるという目的だけからいうと、受取人が直接被仕向銀行に対して権利を取得するとした方が便宜のようにみえること、さきにもふれたとおりである。しかし、送金依頼人が実質関係上受取人に対し送金を受取らせる義務を負わない場合があり、また送金依頼人と受取人との間の実質関係から電信送金を委託したのちに送金依頼人がこれを取りやめようと考える場合が起ることもあることを考えると、仕向銀行と被仕向銀行との間の契約を第三者のためにする契約とする方がつねに送金依頼人にとつて便宜であるともいえないようである。
のみならず、仕向銀行と被仕向銀行との間の契約を単なる委任契約とみても、被仕向銀行は仕向銀行に対する義務として迅速に受取人に送金を交付しなければならないのであるから、ほとんどの場合、迅速確実に送金を受取人に入手させるという電信送金の目的は達せられること、さきにも述べたとおりである。そして、実体関係上送金依頼人に対して権利をもつていながら被仕向銀行から支払いを受けることができなかつたという受取人としては、送金依頼人に対して実体上の権利を行使することができるのであるから、前記のとおり単なる委任契約とみることによつて受取人がはなはだしく不利な立場に立つことになるともいえないのである。
してみると、岩手殖産と控訴人銀行との間の契約が第三者のためにする契約であることを前提とする被控訴人の請求は失当である。
(新村 中田 吉田武)